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読書感想文『アインシュタインと相対性理論』  5年生

書籍『アインシュタイン相対性理論』 玉川大学出版部

 アインシュタインと相対性理論 (世界の伝記 科学のパイオニア)

アインシュタインと相対性理論 (世界の伝記 科学のパイオニア)

  • 作者: D・J・レイン,ないとうふみこ
  • 出版社/メーカー: 玉川大学出版部
  • 発売日: 2015/12/19
  • メディア: 単行本

読書感想文

題名『アインシュタイン相対性理論』 5年

 

 毎年、夏休みの中盤を迎える頃、日本では戦没者追悼式が行われる。自由気ままに過ごしている最中に、ふと心が静まる時間が来る。戦争は、政治の延長線上にあり、国際社会的な問題が引き起こしたものだと思っていた。被爆国の日本人としての悲しみや痛みは理解していたはずだった。しかしそれだけではない、思いもよらない科学の発展が関係していたのだ。
 一九〇五年、一つの方程式がアインシュタインによって生み出された。『E=mc²』だ。その通りに解釈すると、エネルギーは、物質の質量に光速の二乗をかけたものに等しいという意味になる。つまり、少しの質量の中にも膨大なエネルギーが存在するということだ。決して核分裂に関する理論ではない。しかしそれが、原子核の質量の中に閉じ込められたエネルギーを解き放つ方法として、利用されることになってしまった。当時のアメリカ大統領フランクリン・ルーズベルト宛に届けられた「原子力とその軍事利用の可能性」という書簡がある。そこに、絶大な影響力を携えていたアインシュタインがサインをしたことで、原爆開発が確定的となってしまったのだ。
 一九四五年八月六日広島市に、同年八月九日長崎市原子爆弾が投下された。日本を愛し、平和主義者だったアインシュタインにとってはどれだけ皮肉なことで、矛盾を感じた出来事だっただろうか。アインシュタインは、戦時中のドイツの地にユダヤ人として生まれた一人だった。その時代、多くのユダヤ人は強制労働をさせられ、毒ガス室へ送り込まれていた。アインシュタインは、ナチス・ドイツに迫害されアメリカに亡命した。武器を持たなければ命を守れないと恐れたのだろうか。アメリカ国民として、自分自身の科学を役立てることで、生き抜く手段を得ようとしたのかも知れない。
 アインシュタインは、少年の頃考えていた。
「光」って何だろう?光と同じ速さで走ったら、どんなものが見えるのか?その答えを導くべく、相対性理論を確立させた。どんな物も光の速さを超えることはできない。どんな場合でも、一方向へ進む光は、一定の速さで進むのだった。その中で、時間は伸び縮みし、空間はゆがんだりする。地球が回っているのと同じくらい、私たちにとっては小さすぎる変化なのだ。
 アインシュタインは、まさに、相対性理論の中で生きていた。どんなに時代がゆがんで見えても、光のように真っすぐ科学にまい進した。わずかな変化に見過ごすことなく気づき、常に疑問への解決に力を注いでいく姿は、尊敬すべき科学者の在り方だ。日本では、アインシュタインが原爆開発の一助となっていたことはあまり知られていない。そして、私たちは今も、原子爆弾の光が進んだ方程式の上に、学問を積み重ねている。